「私の罪が救われる」(新保能宏牧師)

私達は自分の罪について、あまり自覚を持てないかもしれません。しかし、間違いなく主イエスは私達の罪のために十字架に架かり、その罪を赦して下さいました。罪とは神から離れる事、神を信じられない事です。私達は日常の中で、不安になったり怒ったり裁いたりしています。それは、神が与えて下さる平安や赦しや慈しみに生きていないからではないでしょうか。人の欠点や罪はよく見えますが、自分の罪や弱さを見ようとしない。悔い改めない。それが私達の姿ではないでしょうか。主イエスは私達の罪のリストを知っておられます。私達がこのままでは神の審判には耐えられず、永遠の命への救いに入れないことを知っておられます。だから、主イエスはご自分への不利な証言にも、何も弁解せず十字架へ向かわれるのです。私達の身代わりとしての裁きを受けられるためです。私達は罪が赦され、神の永遠の祝福の中に招き入れられています。この恵みへの招きが礼拝にあります。だから、神を心から礼拝し、悔い改めの祈りをささげるのです。(イザヤ書 53 章 1~12節、及び、マタイによる福音書 27 章 11~26 節)