「神の深い知恵に」(新保能宏牧師)

パウロが語る知恵は、「隠されていた、神秘としての神の知恵」だと言います。それは「神がわたしたちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたもの」でした。人間には予想もつかない方法で、思いもよらない仕方で、わたしたちに栄光を与えて下さるものです。しかも、この世が始まる以前から準備されていたものでした。それは神の人間への深い愛であり、恵みの他なにものでもありません。私達はその恵みを一方的に与えられるのです。この世的な知恵によっては、知る事のできない恵みです。しかし、パウロは「信仰に成熟した人たち」にはこの知恵を語ると言います。それは、神が世の始めから定めておられた人類の救い、キリストの十字架でした。わたしたちが、このキリストの十字架に救いを求め、神の愛に生かされるなら、その人をパウロは「信仰に成熟した人」と呼ぶのです。この信仰に歩む人は、神の栄光に導かれていきます。私達は日曜日毎の礼拝に招かれ、神の救いと愛の御言葉に触れ、主の栄光に照らされています。そこで私達は、日々、主と共に歩む喜びと、慰めに満ちた力を戴く事ができるのです。(イザヤ書52章13~15節、及び、コリントの信徒への手紙一 2章6~9節)