「ただ主を仰ごう」(新保能宏牧師)

聖書は私達の人生が神に見つめられているということを知らせます。しかも、キリストの十字架の救いと復活の希望に導かれるために、神を仰ぐ生活を教えます。しかし、私達は自分の人生は、自分の意志で自由に何でも選べると思います。好きなこともできると思います。結婚も離婚も自由だと。コリントの信徒への手紙を書き送った使徒パウロは、結婚について、離婚について、また配偶者が未信者の場合などについて意見を述べます。ただ、どんな結婚生活でも、人生の営みにも、神の救いと神の祝福が注がれていることを忘れてはならないと思います。だから、「信者でない夫は、信者である妻のゆえに聖なる者とされ、信者でない妻は、信者である夫のゆえに聖なる者とされている」と言います。結婚生活の中に、神の聖なる力が未信者の配偶者にも及んでいるのです。これは大きな慰めです。しかし同時に、未信者の配偶者を信者にしてやろうと自分の力を過信することも戒められています。ただ、神を仰ぐ幸いに導かれているからです。(マラキ書 2 章 10~17 節、及び、 コリントの信徒への手紙一 7 章 8~16 節)