「愛の賛歌」(新保能宏牧師)

キリストの十字架は、父なる神からも見捨てられるような厳しさを持っています。その時、弟子達も皆キリストを裏切り去って行きました。キリストの忍耐は、並大抵のものではなかったと思います。しかし、キリストはただ忍耐していたのではなく、弟子達が立ち直るのを信じ、彼らの将来を望み、耐え忍んでいたのです。キリストの御言葉を世界に伝え、神を愛し隣人を愛し、教会を建て上げる働き人になることを。そして、同様に私達も罪を持っています。しかし、キリストは、そんな私達のためにも苦しまれ、忍耐されました。それは、私達を信じ、私達に望みを持っておられるからです。だから、そのキリストの愛に生かされていることを私達が知り、キリストに繋がっているならば、聖霊によって私達に神の賜物として、真実の愛が与えられるのです。キリストが私達を信じ、望み、耐えられたような愛を、私達の中にも実現してくださるのです。(申命記 6 章 4~5 節、及び、コリントの信徒への手紙一 13 章 4~7 節)