「十字架は私達を救う」(新保能宏牧師)

主イエスは、自らを救わない王として、十字架に架かられました。それは、罪人である私達、主イエスを十字架に架けてしまうような私達を救うためでした。「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」と主イエスは祈られました。この祈りは、十字架にまで架かり「僕」となってくださる自由を持っている王の祈りです。主イエスを十字架に架けてしまうような罪を持っている私達を、ここまでして赦し、救おうとする王です。この罪からの解放は、私達に今度は主の「僕」となる自由をもたらしたのです。人々に主イエスの十字架の赦しによる、恵みと救いの喜びを伝え、証しする者として、神の選びと祝福の中に生かされている「僕」なのです。(イザヤ書 42 章 1~7 節、及び、ルカによる福音書 23 章 32~38)