「福音に仕える喜び」(新保能宏牧師)

私達は信仰生活や伝道の場面で落胆することがあるかもしれません。私達が落胆するのは、自分の思いが上手く行かない時などです。しかし、パウロは神の憐れみによって、福音に仕える務めに遣わされたことに、落胆しないと言いました。それは、自分がどんなに罪深い者であるかを知れば知るほど、また、絶望するような弱さを知れば知るほど、神の憐れみを受けていると確信するからです。その憐れみは、神の似姿としてのキリストに輝かされた神の栄光によるものです。その栄光は、私達の混沌と暗闇に希望と喜びと神の力をもたらします。キリストを純粋に見上げ仕える僕となる時、落胆ではなく喜びと希望によって、隣人に仕え福音を語れる者に変えられていくのです。(創世記 1 章1~5節、及び、コリントの信徒への手紙二 4 章 1~6 節)