「真の誇り」(新保能宏牧師)

コリント教会に福音をもたらしたパウロは、「わたしたちは限度を超えては誇らず、神が割り当ててくださった範囲内で誇る、つまり、あなたがたのところまで行ったということで誇るのです。」と言います。それは限度を超えて誇っている人たちがいたからです。神の御業である伝道を、自分の力で成果をあげていると自負することです。しかも、既にパウロたちが労苦した伝道の地においてです。しかし、パウロたちはコリントに福音をもたらすことができたのは、神の働きだと信じ、神を誇りとします。そして、神が働かれたコリントの教会を誇ります。「誇る者は主を誇れ。」と言います。私たちはとかく自分の成果は自分の力だと誇ります。また、知恵や富を誇ります。しかし、それらは神の喜ばれることではありません。神が喜ばれるのは、神が私たちに与えてくださった慈しみや恵、救いの御業の中に私たちが生きることです。それは、私たちがキリストに救われ、キリストのものとなることです。キリストこそが私たちにとって大きな喜びであり、何にも替えられない誇りとなるからです。(エレミヤ書9章22~23節、及び、コリントの信徒への手紙二10章12~18節)