「神の子のしるし」 (新保能宏牧師)

私達人間は自分で自分の全てを知りつくすことはできません。主イエスの目から見たら、私達の心の奥底にあるものは、罪ある信用のできないものだと言われます。そんな私達の日常の中で、神の子のしるしを現わされる方が主イエスです。婚礼の宴席でぶどう酒がなくなることは一大事でしたが、その危急を救われるのでした。しかし、神の子の真のしるしは、十字架と復活です。そのあふれるほどの恵みが、私達の現実に現わされるのです。しかし、神殿での神への祈りや礼拝が、自分達の利益や自分達の都合のためになった時、主イエスは怒りを表されました。「崩壊した神殿を三日で造り直して見せる」と言われた主イエスは、人間の心の底にある崩壊した神殿を、十字架と復活によって造り直すと言われたのです。私達の水のような取るに足りない、罪に汚れた存在を、上等なぶどう酒に変えて下さることができるのです。私達自身が知らない自分をとことんまで知り、何が必要なのかを知って下さって、あふれる恵みに満たして下さるのです。その恵みを持ち運ぶことができるのは、それがどこからきたかを知っている、主イエスの体なる教会なのです(イザヤ書41章8~16節(旧1,126頁)、及び、ヨハネによる福音書2章1~25節(新165頁))。