「勝利者を仰ぎ見る」(新保能宏牧師)

ユダヤ人達は自分達こそがアブラハムの子孫、神様から出た者、神様の御心を行える者だと自負していました。だから、御自身こそが父なる神様から遣わされて来たと言われるイエス様を殺そうとしていました。それに対して、イエス様は彼らの父は悪魔であると言われます。悪魔は滅びに向かわせるものだからです。ユダヤ人達はイエス様を、神様からの方ではないとイエス様を否定していました。果たして、私達はイエス様をどういうお方だと信じ、礼拝しているでしょうか。本当に神様からの方だと信じているでしょうか。それによっては、イエス様から、私達もユダヤ人達のように、私の父とあなた達の父は違うと言われかねないのです。イエス様は「私の言葉に留まりなさい」と言われました。イエス様の御言葉に留まり、従う時、真理が分かるからです。神様が私達の父となり、救いの御業が現わされるからです。私達自身にも罪があります。しかし、イエス様は御自身が十字架に架かって下さることで、『わたしはある』ということをお示しになりました。それはまさに、私達を悪魔から救い出して下さるために、悪魔に勝利され、神様と同じ方であることを現わされるためでした。その勝利者イエス様を仰ぎ、心から礼拝をしたいと思います。(創世記18章1~15節(旧23頁)、及び、ヨハネによる福音書8章39~59節(新182頁))