「救い主を見る」(新保能宏牧師)

私達は、救いをまっすぐに、素直に見ているでしょうか。自分の知識の範囲で神様の救いを把握しようとしたり、世の中の事情に合わせて信仰を捕えようとするなら、イエス様という方が見えなくなります。私達は本来、御心を知る事のできない罪の中にいます。盲目なのです。だから、まっすぐに、素直に、イエス様を見上げ、イエス様にこそ救いがあると証しする時、たとえそこに反発や障害が起こっても、イエス様の方から出会ってくださって、救いの確信を与えてくださいます。必ず救いの御業をあらわしてくださいます。そこに、礼拝する者の幸いがあります。礼拝者は、救い主を仰ぎ見る喜びに満ちているからです。(イザヤ書62章10~12節(旧1,164頁)、及び、ヨハネによる福音書9章18~41節(新185頁))