「十字架の王を見よ」(新保能宏牧師)

イエス様を「見よ、この人を」と言われ、私達はどのような思いで見るでしょうか。私達に御自分の貴い命を献げ、私達の罪の身代わりになられた方だとしたら、そこには、神様の何にもかえられない恵と慈しみがあります。そうであるならば、その方に跪き、悔い改めと共にお仕えする心が、何より大切ではないでしょうか。御自身の十字架の犠牲によって、私達に永遠の救いと永遠の命さえも与えて下さるからです。だから、イエス様を、「この人を、見よ」と、愛する人々と共に仰ぎ見ることが、私達の大きな幸いであるのです。(ゼカリヤ書6章9~15節(旧1,485頁)、及び、ヨハネによる福音書18章38節b~19章16節a(新206頁))