「いのちを交流させる」(菊田行佳牧師)

近くにいる人ほど、実は理解していないということがあります。あまりにも当たり前になりすぎて、その人の良さが見えなくなってしまうのです。失って初めて、見えてくることもあるでしょう。イエスさまと弟子たちの関係も同じことが言えます。「わたしは道であり、真理であり、命である」というイエスさまの言葉が、あまりよくわかっていませんでした。イエスさまの死後、ようやくその言葉の意味を理解するに至った弟子たちは、さかのぼってイエスさまの言葉をたどり、天の父のところまで到達することが出来ました。(ヨハネ14章1~11節)。