「喜びが満たされるように」(菊田行佳牧師)

もし、私たちがブドウの木の一部である枝であったとしたら、どんなことが一番の喜びになるでしょうか。やはり、良いブドウの実がなることだと思います。木の幹と実の間にある枝は、水分や養分を中継する役割を担うことに自らの喜びを見いだします。もしこれが、自分の所で全部消費してしまったらどうでしょう。良い実をもたらすことが出来ずに、一番の喜びは失われてしまいます。主役になるのではなく、つなぎ役に徹することで得られる喜びがあることを聖書は教えてくれます。(ヨハネによる福音書 15章1~11節 (新198頁))