「神が人と和解する福音」(菊田行佳牧師)

キリスト教の信仰者になるということは、他のことやものでは満たしたり、達成出来ないことがあるからです。キリストへの信仰によってしか得られないことは何かといえば、「神が人である私と、和解してくださったという関係」だと言えます。キリスト教では神が霊として人の心の中に住まない限り、心の中の「肉の思い」を制御できないと考えます。ですので、人の外から介入してくる神の力が私に手をさしのべるという和解の行為を経ることで、人は始めて真の意味で自制的な人間となれるのだということです。そして、信仰によって心に住むようになった神は、私たちを自らの欲望に抑制的にしつつ、その肉の力を愛の力に変えて生きられるようにしてくれます。(コロサイの信徒への手紙 1章21~29節(新369頁))