「民を導く指導者とは」(菊田行佳牧師)

私たちは、どこかの場面で指導的な立場に立たざるをえなくなることがあると思います。仕事をしている人はもちろん、そうでなくとも家庭や町内会などで責任を負うことがあります。そのような時、どんなことに気をつけるべきでしょうか。聖書が教える指導者の姿は、平等性や公平性を守るところにあります。たとえ自分であっても特別扱いせずに、一人一人の構成員が公平に利益や権利を受け取れるように心を配ります。特に弱く傷つきやすい存在に特別な配慮をして引き上げることで、でこぼこを平らにします。ダビデという理想的な指導者の末であるイエス・キリストは、その事で世界に平和をもたらしてくれます。(サムエル記下5章1~5節(旧487頁))