「神の御心によって苦しむことがある」(菊田行佳牧師)

キリスト教は、神の愛を人々に伝えることがその目的にあります。よって基本的には人々に好意を持って受け入れられます。しかし、神の愛は人間の慣習や伝統とぶつかってしまうことがあるのです。例えば「男性を建てて女性を卑しめる」という伝統が色濃く残っている地域において、「男も女も等しく神は愛されている」と発言することは危険です。我々の土地の平和を乱さないでくれ!と反発を受けるのです。正しいと信じることで苦しみを受けることがあるのですね。それでも言葉でなくとも神の愛を示すことが出来ます。等しく誰をも愛する神を、その振る舞い方で現して行けるのです。(ペトロの手紙一3章13~22節 (新432頁))